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┃ コラム 「何のためにがんばる・生きてゆく」
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┃ 2001/11/20
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先日貴乃花関が引退しました。そして朝青龍関が彼に替わり角界を背負います。
貴乃花関は、兄貴が引退してからは1人角界の人気を背負い、闘い続けました。
武蔵丸関との優勝決定戦で相手を投げ捨てた後のすごい表情は、【痛みを精神で
凌駕し、自分の使命を全てをかけてまっとうした男の顔】でした。
見ているだけで『彼の強い心を受け取れるような感動』を感じました。その場面を
を今あとで思い出すと涙が出そうになります。
そして、朝青龍関は外国人でありながら、角界では『実力』と『横綱にふさわ
しい心構え』だけで上にゆくことができます。新横綱には、排他的な日本の中で、
全ての世界においてその状況を変えてゆくような勇気を今後みなに与えていって
ほしいと思います。
貴乃花関はいつも優しい目をしていました(うつろな目ともいえましょうが、普段
相撲を見る時間がない自分には、日々の勝負の中で日々の勝負の中で彼の表情が
どう変わってゆくのかという全体的流れのニュアンスは分かりません)。 それでも
ひたすら勝ち続けました。
彼は何のために戦っていたのでしょうか?角界の人気のためでしょうか、横綱
としての威信のためでしょうか。 おのれのプライドのためでしょうか。優しい目は
何を考えていたのでしょう。
朝青龍関は千秋楽のインタビューで、「綱取りのかかった今場所で何を考えて
毎日取り組みをされていましたか?」と聞かれたときに、『何も考えていません。
まだまだ何も分かってないんで。1日1番で、小さいことからやっていきました。
とにかくがんばれば良い結果が出ると思っていました。」などと答えていたと思
います。
朝青龍関はまだ【下手に他の者(他人)のために】闘ってはいません。勿論、
お父さんになるのだから「家族のために」とは答えておりましたが、それは父親
として最も根本的な愛情からの話です。
貴乃花関も、マスコミ等の外野がうるさいときは非常に悩まれたかもしれませ
ん。「何かのために」闘っていたのかもしれないし、その日々のプレッシャーか
ら自分自身を解放するためにリラックスをしていたから、いつも優しい目をしていた
のかもしれません。
しかし最後は、『自分自身を見つめて、そして自分を応援してくれた人々への
純粋な感謝のために』闘っていたのではないかと思います。
今年のベンチャーフェアジャパンで、和民の渡邊社長は「ビジネスに大義を持
とう」とベンチャー企業経営者等に向かって話しておられたとのことです。これ
は【社会的な意義のために】経営者も事業を行おう・・ということでしょうか。
また、最近読んだ信越科学の金川社長(超一流の経営者&企業)の本では、
「私は【株主のために】責任を持って事業を行うのであり、「社会のため」とか
「従業員のため」だとか言って経営をしている人間ほど大した経営者はいない」
と書かれておりました。
私の1つのバイブルである「成功への情熱」を書かれた京セラの稲盛会長や和
民の渡邊社長は『創業経営者』であり、金川社長は超一流企業から経営者の『エ
リート社長』。この性質の差のようですが、いずれの方々も「私利私欲のためで
はなく他のもののために」すごいレベルでの経営をされています。
(金川千尋著 【社長が戦わなければ会社は変わらない】はぜひお読みください。
さすが「天才経営者」と呼ばれる人の頭の良さは違うと思います。人事の官僚主
義の駆逐の部分等をはじめ素晴らしい内容)
しかし一方で、【ブッタとシッタカブッタ】&【??そのまんまでいいよ】と
いうマンガ本があります。その本の内容は至極仏教的で、『評価から開放されそ
のままの自分に気づいて生きること』を書いています。
その中から数フレーズ
「スキとキライを2つに分ける心 実はそれが病気
その病気に勝つ方法? そんなものないよ
勝ち負けじゃない
ただスキとキライを2つに分けて見ることが病気なんだと知ること
知るだけで勝ち負けじゃなくなるよ」
『勝つと負けるを2つに分ける それも病気
勝ち負けは誰が決めたの?
勝つと負けるを2つに分けることをやめると
勝ち負けはなくなっちゃう』
「僕は好かれたいんだよ
僕のこと大切にしてほしい
・・・・・・
一人になって分かったんだ
自分の気持ちを満足させるのにいつも誰かを頼っていたんだな・・」
(こちらは就職活動に臨んでゆくみなさんへも)
「うっうっ こんなに一生懸命愛してきたのに愛されない
ちきしょー こんなに一生懸命仕事してきたのに出世できない
(足下から小さな蟻が)あんたたちの幸福って見返りの中にしかないの!?
・・・・・・・」
太陽をみるだけ 空を見るだけ 海を見るだけ 空を見るだけ
鳥を見るだけ 花を見るだけ
ただ見るだけ それがあなたを気づかせる
まず自分の人生も
評価を入れることなくただ見ること
それがあなたを気づかせる
そのまんまを知って、前進あるのみ
(『シッタカブッタ』シリーズもぜひお読みください)
結局どんなすごい人間も生きていくのですが、やはりみな「とらわれる自分を
見つけること」が重要なのかもしれません。ジョイブもメルマガコラムで「対社
会への批判的なこと」を書いたりしていますが、大義のためのような話をしてみ
ても結局はがんばって自分たちが生きていかねばなりません。会社が潰れれば
『ただの偽善者の敗北者』です。
会社も経営者も、そして雇われている社員も、または多くの人の期待を背負っ
てがんばる人たちも、『自らが自分の責任で』生きてゆかねばなりません。
でも、どうせ生きてゆくなら「楽しくてとらわれない」方が、少なくとも「楽」
でしょう。ただ「そのまんま」を観察者になるための根拠にするのではなく、
【とらわれず自分自身ががんばって楽しんで前進すること】が、結果的に他の
人を幸せにしたり、社会に意義ある価値を生み出すような仕事を成すことになる
なら、それはやはりその方が良いと思います。
なぜなら「人間その方が嬉しくて、より一層いいことをしよう!と更に思うような
動物だから」です。