━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃ コラム 「お墓参りと老犬の散歩で学んだこと」
┃………………………………………………………………………………………………
┃ 清水有高 2003/9/11 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
先日、お盆に滋賀県の実家に帰ってお墓参りをしてきました。滋
賀県は比叡山と琵琶湖が有名な県で、気候は北陸・文化は関西とい
う所です。実は
りします。トップは東京、二位は奈良、三位は滋賀、四位が京都…
ちょっと前に聞いた雑学です。(ちょっとお国自慢…)
私の実家がある滋賀県の草津市という所は人口が十数万人程度の
小さな市ですが、それでも滋賀県第2位の町でそれなりに栄えてい
ます。昔は東海道53次の重要拠点として栄えたらしいです。ただ、
親元とお墓がある滋賀県の長浜市というのは地方の滋賀県の中でも
、更に田舎で、人口も5?6万人程度。田んぼと畑、そして山が広が
るのどかな所です。今、私が住んでいるのが東京都のど真ん中、西
新宿で、都庁も歩いて10分。見渡す限りの人とビル、車、救急車と
はまるで正反対です。
2泊3日で実家に帰って、地元の友人を訪ねたり、家族に会ったり
としていたのですが、一番の目的はお墓参りでした。最近、この
お墓参りの意味がようやく身に染みてわかってきたような気がしま
す。意味がわかってきたというか、お墓参りの大切さ、重要さ、自
分自身にどれだけメリットがある事なのかがわかってきたのです。
普段、東京で仕事をしていてつくづく重要だなあと感じるのは『
感謝の気持ちを持つこと』です。普通に暮らしていると、五体満足
で存在をしているだけでありがたいはずなのに、やれ、美味しいご
飯が食べたい、もっと給料が欲しい、恋人が欲しい、いい家にすみ
たいなどという欲求が山のように出てきます。無論、私のように20
代も半ばのうちから無欲になるのも問題です。健全な欲望を持つこ
とは重要なことでしょう。ただ、今ある幸せに目を向けず、それよ
り大きい欲望を求めてもうまくいくはずがありません。身の丈の幸
せを感じられないものが、どうして更に大きな幸せを手に入れるこ
とが出来るでしょうか。
今回のお墓参りは土砂降りの中のお墓参りとなりました。ただ、
傘をさしても防ぎきれない雨に濡れながら手を合わせても嫌な気は
起きませんでした。そして、今、私は新宿の自分の部屋でこの文章
を書いています。お盆休みが明けてからの仕事は、当たり前の幸せ
をかみ締めつつ、更に自分にも他人にも大きな幸せを呼び寄せられ
るよう仕事をしよう、そう感じたお墓参りでした。
そんなことを思いながら、お墓参りが終わってから家に帰ったの
ですが、一つショックなことがありました。それは、家にいる12歳
以上の柴犬についてです。私が子供の頃からいる老犬なのですが、
年齢もあって皮膚病にかかってしまいました。
皮膚がただれ、毛が抜け落ち、それはひどい格好になってしまい
ました。目にはヤニがついて、可愛いとはいえない風体になってし
まったのです。その老犬の姿を見て、私が正直に感じたことは『醜
い』という感想でした。
十数年前に犬が欲しいとねだったのは私でした。若い頃の犬とい
うのは毛もフサフサしていて非常に可愛いのです。その愛犬が老衰
で病気にかかり、今、非常に醜くなっている。人間も同じです。誰
でも若いときは肌がみずみずしい。年をとればしわくちゃになりま
す。私たち20才台では殆ど感じないことだと思います。
私は自分の傲慢さに愕然としました。
犬が欲しいといったのは私なのです。
決して、犬のほうから私の所に飼われにきたのではない。
自分が欲しいといった生命なのにもかかわらず、それが老いてく
ると『醜い』と感じる。なんと自分勝手な人間なのだろう。ある意
味、私は自分に絶望しました。お墓参りの重要性を理解して、自分
もこの若さにしてみればそこそこの人間になったつもりだったので
すが、そんなことは全く無い。
反省した私は夜の22時以降で疲れていたのですが、一時間以上老
犬のそばにいて体を触ったり、水を飲ませたりしていました。そん
なことをしつつ、夜も遅かったのですが、散歩に行こうと思い、そ
の老犬と一緒に散歩に出かけました。
その散歩で、また一つ、私は自分の小ささを痛感したのですが、
今まで、私は散歩を『してあげている』つもりでいました。犬を飼
ったことがある人なら経験があると思うのですが、犬の散歩という
のは面倒くさいときもあるものです。それを、犬が吼えるから『近
所迷惑だ』『しかたない』と思いつつ行く時もあるのです。
しかし、何度も繰り返しますが、その犬は自分の意思で来たわけ
ではないのです。あくまで飼い主が欲しいといった命なのです。に
もかかわらず、散歩に行くという最低限の義務ですら『面倒』と感
じ続けていた私がいた。しかも、その事実に気がつくまでに、私は
この愛犬が12歳以上の老犬になるまで気がつかなかった。
私は12年以上も一緒にいたはずなのにもかかわらず、そんな単純
なことを気づくことが無かった。
私は愛犬に謝りました。
謝りつつ、感謝しました。
ありがとうをいいました。
自分の傲慢さに気がつかせてくれた愛犬から、非常に沢山のもの
を学ぶことが出来ました。
愛犬は老犬となり、外見は非常に醜くなってしまった。本来であ
ればそこでその『価値』は下がってしまうのですが、私は単なる外
見以上の『価値』を感じさせてもらうことが出来ました。それは、
多面的な視点と、価値観です。
人間はどうしても外見に左右されがちですが、外見の価値が下が
ってから初めて、それ以上の大きなものを手に入れさせてもらうこ
とが出来たのです。
私はこれから結婚することもあると思います。そうなった時、私
も、将来の奥さんも年をとるごとに単純に肉体的外見的な価値はド
ンドン下がっていきます。そうなった未来、私はもっと沢山の外見
的な価値ではないより大きな価値を感じて生きたいと感じました。
この世に産まれてきた事自体を感謝する。この、ある意味究極的
に謙虚な姿勢を思い出させてくれるのがお墓参りでした。お墓参り
のメリットは『今存在していられる幸せを思い出すことが出来る』
これに尽きます。なぜならば、お墓の中で眠っているご先祖様がい
たからこそ、私達の両親が存在し、自分も存在するからです。自分
が喜怒哀楽を感じられるのも、面々とつながった命のおかげなので
す。
そのお墓参りのおかげで、老犬から更に学ぶことが出来ました。
謙虚になればなるほど、周りから学べることが沢山あります。
そういう気持ちで仕事をしていると、色んなものを学ぶことが出
来ます。また、毎日を感謝しながら生きていけるので、ストレスに
も強くなれます。少なくとも、今ある当たり前の幸せ(生きている
こと、仕事があること、お給与がもらえること、健康であること)
を感じることもなく、日々の不満だけを感じる人生よりもよほど得
るものが大きい人生になるでしょう。
これから私は寿命を全うするのであれば、今まで生きてきた何倍
もの人生を歩むことになります。その人生に更なる幸せを積み上げ
ていくためにも、より謙虚に生きて、よく学んでいかなければなら
ない。そう感じた2003年24歳のお盆でした。
『就職活動』
難波 絵美
私は、現在大学4年生。今年5月から本格的にジョイブでインタ
ーンを始めました。そして、9月初旬めでたく藤井社長から正式に
正社員採用のお話を頂きました。(ジョイブの目指している「恋愛
就職」の模範生みたいです←笑)その間、4ヶ月。
しかし、正式に言えば、私の就職活動期間は1年4ヶ月かかった
と思っています。
大学3年生の4月に「コンサルタントになりたい。起業したい。」
とジョイブに登録をした時から、全ては始まっていました。あの頃
は、とにかく色々な事を学びたくて、すごい勢いで現在の上司であ
る清水さんにカウンセリングをして頂き、インターン(子持ちの女
性社長が経営するITコンサル会社)を経験しました。
このインターンでは、「女性が会社を経営する事、しかも子育て
をしながら」の現実をじっくりと考える事ができ、今の私の仕事感
のベースとなる考えを作る事ができました。
そして、半年経った11月からあらゆる説明会(公務員?ベンチ
ャー企業)に足を運び始めました。
世間で言われている、本格的な「就職活動」到来です。
ここからは、本当に面白かったです。笑いのネタになるようなた
くさんの失敗を繰り返し、魅力的な企業には、エントリーを。それ
からGAB、 SPI、一般常識の試験勉強もしました。実際に長い長い面
接(最長8回!)も経験しました。もともと好奇心旺盛な私は、新
しい(知らない)業界の説明会に参加する事が楽しくて、関西のみ
ならず、気が付けば関東の説明会にまで足を運んでいました。
「やったことのない事は、何だってやってみたいし、知らない世界
を見てみたいし。どうしよう。」たくさんのドアを片っ端から開け
ていき、「客観的」にその業界・会社を見て楽しんでいたのだと思
います。
でも、あの頃の楽しさと今の楽しさを比べたら、比べ物にならな
いくらい今の方が楽しい・・。
ジョイブで本気で仕事を始めるようになってから、はじめて「仕
事」の面白さの触りの部分が分かってきました。「大人が本気で遊
べば、それは仕事になる」という言葉を思い出します。確かにそう
だろうなぁ。と。仕事の楽しさは、仕事にかける本気さに比例する
ものではないだろうか、と思うのです。きっと、インターン生より
も、正社員として働く方が。そして、社員よりも経営者の方が、
「仕事の楽しみ」を味わえるのだろうな、と漠然と思ってしまいま
す。それだけ、仕事にかける熱意が「本気」ですから。
前回、高校野球児のアツイ姿勢に感動したとコラムに取り上げま
したが、それと、仕事も結局は同じではないのかと思うのです。本
気でやれば、仕事はその分楽しくなると。感動できて、みんなで頑
張って、目標を達成して、涙を流す事ができるくらい本気で仕事を
すれば、そこに「仕事をする意味」があるのではないかと思います。
それを味わえないのであれば、人生の中で一番大切な貴重な時間を
ここまで費やす意味が分からないのです。それならば、高級取りの
バイトをしてお金を貯めて、世界一周の放浪の旅にでも行きます。
そこで、様々な人生観を味わって、自由に心の赴くままに生きてい
こうとするでしょう。
私はまだまだ仕事の本当の楽しさを分からないし、分かる事がで
きなくて当然だと思います。でも、もっと感動したいし、仕事で涙
を流すくらいいい仕事をしたいという思いはあります。あとは、ひ
たむきに継続できればいいのですが・・・。人生は有限です。今で
も人生のたった4分の1ほどしか生きていない。本当の楽しさ(仕
事だけでなく、生きている事の)は、人生の後半戦になって分かる
事ができるのだろうな、と思います。
「未来の為に今を我慢するのではなくて、未来の為に今を楽しむ事」
が、私のスタンスです。人相は、必ず日々の積み重ねで作られてい
ます。
本当に楽しみたいのなら、本気で仕事をすること、そして、しっ
かり休みもとって、ヤンチャに遊ぶ事が私には合っています。(人
それぞれですよ)ついつい、熱くなっていますが、最近は自分でも
びっくりするくらいアツイのです。きっと、少しづつ仕事が楽しく
なっているのでしょうね。就職活動中の私には、この楽しさは分か
らなかったようです。
最後に、これから就職活動を始められる方は、浮き沈みが激しい
時もあるのかもしれませんが、キャリアプランというのは、苦しい
イメージをもつのではなく、本来はすばらしい事であるべきです。
未来の事はまだ真っ白なのだから。どんな色にも染まる事ができま
すし。わくわくしてみてくださいね。
それでは、長くなりましたけど、終わりに致します。