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┃ コラム 「迷うこと」
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┃ 繁延 恵子 2003/10/23
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ある小話を読みました。
ある晩、ネズミが桶の中に落ちた。とびあがって出ようと最初は
大いに努力したが、桶が深くてとても無理だった。
そこで今度は、
しばらくやってもどうも側の木が厚くて硬くて食い破れそうもない。
あわてたネズミは、場所をかえてまたかじる。ところがやっぱり
だめだった。そこでその場所をあきらめて、また次の場所に移った。
しかし、分厚い木はなかなか食い破れそうもなかった。
さんざんに報われることのない努力をしたネズミは、とうとう明け
方近く、心身ともに疲れ果ててむなしく死んでいった。
はじめ、かじり始めた箇所を最後までかじり続けていれば、桶の側
の板に通り抜ける穴ができたのに、やり遂げられませんでした。
世間にはこのネズミを笑えない人が多いと思います。
一つのことに失敗して、また他のことに失敗し、転々と自分の
行動をかえてゆく人は薄志弱行といわれます。
まだ社会人経験も浅く自分の道を決められない人は私も含めて数多
くいることでしょう。しかし迷えば迷うほど努力が無駄になると知
らされれば最初に熟慮して決断することが必要と分かります。非常
に難しいことですが、目的が定まればあとは固い意志とたゆまぬ努
力で突き抜けなければならないと思います。
インターンを始めたら社長の営業同行をさせてもらい、マーケティ
ング・コンサルティング、開発・制作プロジェクトを学べる。自分
の都合の良い時間を使えるし、業界についてもそこそこ勉強できて
・・・と自分が楽しんでいるイメージをたくさん浮かべる方もいらっ
しゃるかもしれません。
しかしながら最初のうちは会社全体・経営について理解するために
もあえて現場レベル業務を経験するのが基本です。電話すらかけた
ことのない人が売上・財務管理・業務効率改善・新規事業展開など
と語ってみても何の説得力もありません。
あれもこれもと意欲的な姿勢は極めて大切ですが、観念の遊戯で
終わり結局なにも手に付かなければ無意味に終わります。目標を
定めるためにももっと本気にならなければなりませんし、一度決
めたら頑張る覚悟が必要です。
入り口のほうはとても入る余地のないように混雑した満員電車でも
奥へ入ってゆけば案外すいているものだったりします。入り口が
ふさがっているからといって断じて絶望せずに前向きな考え方で
乗り越えることが時には必要だと思います。「ここだな」と気づけ
ば迷いを破れるかもしれません。
『実家の秋にて』
松島 光彦
私の実家は長野にあります。
長野県上伊那郡・・・それが私の地元です。
人によっては高遠城址公園の桜を思い浮かべる方がいるかもしれま
せん。
でも(東京に比べると)はっきり言って山の中です。
そんなところで私の実家は農家をやっています。祖父の代で兼業に
なりましたが、家族総出での農作業というのを経験して育ちました。
小学校にあがる前から、稲を運んだりとかわらを運んだりだとか、
お遊びのような作業からお手伝いしたのを覚えています。
先月の連休に稲刈りがありました。今年は冷夏の影響で収穫が気に
なりましたが、幸い私の実家の田んぼでは、そんなに大きな影響が
あるわけでもなく例年通りの収穫がありました。
一安心でした。
農作業といっても機械化が進んだために、稲刈りはそんなに忙しく
ありません。
コンバインという機械で、稲を刈り取ると同時に籾を穂から落とし
て袋つめができるので、基本的には「コンバインを運転する人」と
「その米袋を運ぶ人」の二人でことが足ります。
数年前から、その二つの役割を二歳上の従兄弟と私でこなすように
なりました。
普段東京にいて、特に農作業車の運転経験もない私は、一日中米袋
を田んぼから回収して乾燥機に運ぶという作業を繰り返すことにな
ります。
最初は身内の子供たちであるとか、父親達も手伝ってくれていたの
ですが、気がついたら従兄弟と二人だけの作業になっていました。
そもそも田んぼをずっと守ってきたのは従兄弟の父親と私の父親の
二人です。その二人が田んぼにいないということが特に違和感でも
なく、黙々と従兄弟と作業を行いました。(そのときは別の田んぼ
で仕事してるんだろうくらいに考えていました。)
そのうちに真っ暗になってしまい、さすがに足元も危ないからと言
うことで片づけをして家に入ると、二人の父親は二人とも顔を真っ
赤にしてビールを飲んでいました。
そのときは「手伝ってくれたっていいだろうに」と思っていました
が、連休が終わって東京に戻ってきて数日たった時に実家から連絡
があり私の父親が腰を痛めて入院したと連絡が来ました。(幸い、
数日で退院できました)
蔵から米の袋を出そうとして無理をしたそうです。蔵の中はとても
狭いので、無理な格好で袋を運ばなければならず、腰に負担がかか
ります。少々無理をしたのかなと考えましたが、電話を切ったあと
に父親の年齢を考えてちょっと「親父も年なんだ」と感じました。
私の父親は二年前に会社を退職しました。
従兄弟の父親も同じ年です。
一方私は26歳で、従兄弟は29歳です。
最近実家に帰るたびに、父親なり母親なりの年齢を気にはしていま
したが、本当に親が「年老いていく」のを初めて実感しました。
当然ですが、子供が成長する分親は年老いていきます。
そう考えたとき、とても大きなショックを感じました。
私は自分の親のことを理解し切れていないなぁと感じるようになり
ました。
「がんばれよ」とただ一言しかかけてくれていなかった父親に、何
かものすごく大きな借りを作ったままのようなそんな焦燥感にも駆
られています。
多分、田んぼを処分することはないでしょうから、きっと来年も同
じように農作業をすることになると思います。
これからはきっと二人の父親よりも二人の息子のほうが、メインと
なって仕事をしていくのでしょう。
ちょっと寂しい反面、もっとがんばらないといけないなと、そう思
います。
皆さんも、一度親を「見て」みるといいかも知れません。
普段の日常の中にも親の変化はちょっとずつ見て取れるでしょう。
自分の成長を望む人が、本当に身近にいるのだと言うことを感じる
のも、次のステップに向かうためのモチベーションとなるではない
かと思います。
そんなことを考えるきっかけになった今年の稲刈りでした。