┃ コラム 「いつまで謝ればいいの?」
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┃ 丸子 芳史 2005/07/22 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
先日の日曜日、朝からやっている討論番組を見ていたところ、ちょうど、
日中の歴史教科書の問題を取り上げていました。
「正しい、歴史を教えなければならない」
「中国や韓国にもっと配慮をしろ!」
「日本がやったことは許せない!」
「いったいいつまで謝り続ければいいのか?」
大体こんな議論を繰り広げていたかと思います。
確かに中国人や韓国人の中には、日本に対して不快感を持っている方も
いるかもしれません。ただ、すべての方が日本に対して負の感情を抱い
ているわけではありません。(日本人にも、中国・韓国人に対してよく
思っていない人もいるのでお互い様だと思いますが)
最近、仕事・プライベートを通じて中国の方とよくお話しする機会があ
りますが、テレビでいわれるような印象を持つことはほとんどありませ
ん。たまたま、そういう人たちに恵まれているのかもしれませんが、少
なくとも私の知っている方々は非常に紳士的で人なつっこい性格をして
いるとおもいます。テレビなどのメディアでは非常に、感情的な部分し
か映し出しませんので、中国・韓国人は日本のことを嫌っているのでは?
と錯覚させられてしまいますが、実際は一部のようです。
(この話は、中国人から直接聞きました)
その一部の運動として記憶に新しいのは、学生の半日運動がありました。
突然、あのようなことをメディアで放映さえるとセンセーショナルな話
題になってしまいがちですが、実は日本でも同じような学生運動はあり
ました。ちょうど、高度経済成長期の真っ只中で今の中国の状況とよく
似ていると思います。今回の今回の件もある程経済的にも余裕が出始め
てきたときに起こる一種の麻疹のようなものなのかもしれません。
(それだけ中国も成長してきたともいえます)
ただ、この運動の根底にあるものは、戦争責任の問題です。
いつも、事あるごとに問題になってきていますし、いつまで経っても、
前進しないのではないか?と、よく思います。
日本は、戦争責任をどう考えているのか?と問われれば、これまでも何
度も謝ってきたじゃないかと有識者は反論します。
ただ、この「何度も謝ってきた」や「いつまで謝り続けるのか?」
という言葉は、はっきり言って反省していないようにとられても
仕方がないと思います。
誰か大切な人に謝るとき、「もう謝ったから、謝ることはない。」と
思うでしょうか。
もしくは、「自分が何かされたとき、何度謝ればいいんだ!?」と
いわれて素直に許せるでしょうか。
友達でも、恋人でも、親でも、兄弟でも、旦那さんでも、奥さんでも
自分が悪かったと思ったら、許してくれるまで謝るのが普通だと
思います。
そこで、「もう謝ったからいいだろう。」とか、
「何度謝れば気が済むんだ。」といわれてうまくいくとは到底思えません。
国と国といっても、結局は人と人なのですから、気持ちは同じでなくて
はならないと思います。文化が違うからとか、価値観や考え方が違うか
らという前に、中国人も韓国人も日本人も一人の人間です。
中国も韓国も日本よりも歴史は長いのです。口先だけでの謝罪は、簡単
に見透かされます。
「何回謝らせるんだ?」というのは、逆ギレというもの。
「何度言わせるんだ?」と向こうは思っているはずです。
ちゃんと誠意を持って謝ればいいじゃないですか。
許してもらえるまで何度でも謝ればいいじゃないですか。
毎年、首相が謝罪に行けばいいじゃないですか。
国家元首の前に一人の日本人であり、人間なのですから。
そんなことを思ってテレビを久しぶりに見ていました。