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┃ コラム 「大人の中の「子供」」
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┃ 金子 真由子 2005/8/18 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
最近とても切なく思うことがあります。
それは家族について。
先日、単身赴任をしている父が一時帰国で久しぶりに我が家に帰ってきました。
ちょうど父の誕生日と重なり、父、母、私の三人で食事をしたときに
家族の暖かみをしみじみと感じました。
家族の誕生日をそろって祝えることをそれまでは当たり前のように思って
いましたが、私が働き始め、兄も働き出し一人暮らしを始め、父は単身赴
任、気づけば家族がバラバラになっていました。
忙しい毎日を過ごしていると日々を過ごすことに懸命になり、ふとした瞬
間に「家族がバラバラである」ということが心の中に浮かぶと、妙に現実
味を帯びて何ともいえない寂しさに襲われることがあります。
このコラムを読んでいる方の年代を考えても、おそらくまったく同じでは
ないかもしれませんが、「家族」の変化について切なさを覚えることが日
々の中であるのではないかと思います。
人はこの世に存在している時点で無条件に誰かの「子供」です。
時間はみな平等に進んでゆきます。
誰かの「子供」であるかぎり、どんなに数字が増え、20代、30代、、、
60代と一般的に「大人」の枠に入って行っても内なる「子供」の部分は
おそらく消えないのです。
だから自分の子供の部分がふと表に出たとき、不安や寂しさを痛感するの
だと思います。
でも、大丈夫です。それはみんなが感じていることであって自分だけのこ
とではないのですから。
たまには家族と話をしてみたり、家族のことを友人と話すと共感できるも
のが発見できて心がポカポカになるかもしれませんね。