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人生の扉を開く鍵

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┃ コラム 「
人生の扉を開く鍵
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脇本 陽子    2005/12/15
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先日、インターンシップが決まった学生に、
「お手当ての振込先のための銀行の口座番号を教えて欲しい」
とお伝えしたところ、
「郵貯しかもってません。どうしたら銀行口座を開設できますか?」
と聞かれました。

口で説明しても一人で行くのは億劫だろうと思い、
一緒に銀行に行き、無事に口座開設ができました。

口座開設のために窓口に行っている彼女の後姿を観ながら、
「そういえば私は、そんなことを困ったことがあっただろうか。」
と自分の過去を振り返りながら自己分析に陥りました。

答えは、NOです。

私の父は自営業をやっており、母もその仕事を手伝っていました。

私は小さいときから母に連れられ、
毎月毎月銀行周りというものを目の当たりにしてきました。

銀行口座には、普通預金と当座預金があることも知っていましたし、
(普通預金は普通の人が使うもの、当座預金は会社が使うもの、
と教えてもらっていた程度でしたが。)
銀行の中でわからないことは制服を着た女の人に
聞けば解決することも小さいながらに知っていました。

私の父は40歳から50歳の10年間、喘息で入院したときに
院内感染で劇症肝炎を患い、生死を彷徨い、
入退院を繰り返していました。
その10年間は三人の子供を抱え、父を支え、父の指示を仰ぎながら
母がずっと仕事を切り盛りして乗り切ってきました。

私が幼稚園のときからでした。

「肝臓の機能を回復するには、とにかく高たんぱく食を摂ることです。
病院食が口に合わないならば旦那さんのために
料理を持ってきてあげてください。」

と担当医に言われた母は、毎日毎日大豆ひじきや、
おからや煮魚をタッパーいっぱいに詰めて、
当時は自宅から片道2時間もかかる病院へ、父の元へ通っていました。

その時に病院から出たご飯は、私が食べる役目でしたが、
とにかく美味しくなかった。

私が初めに就職した企業は、実は病院で、
管理栄養士として5年半勤務していました。

今、思い返すと、あのときに、
患者さんに食べてもらえないご飯を出す病院が
よほど嫌だったのだと思い出しました。
だから、美味しいご飯を食べてもらえるような栄養士になろうと、
実は小学校1年のときに決めていたのだと思い出しました。

20年以上も封印されていた記憶がどんどんよみがえってきて、
今、自分の価値観やものの捉え方、考え方が
小さいときに培われたものであることを痛感しています。

今、3年生の皆さんは就職活動が始まり、
周りがなんとなくざわついているので落ち着きをなくしていませんか?

周りに流されて、なんとなく「企業分析ぃ~。」などと言いながら、
片っ端からセミナーに参加していませんか?

そんな時、少し落ち着いて、
ゆっくりと小さい頃のことを思い出してください。
あなたが小さい頃にご両親と交わした会話で感じたこと、
鮮明に記憶に残っているワンシーンに、
あなたの人生の扉を開く鍵が隠されているかもしれませんよ。

自分自身を把握する、見つめなおす。

とても大切なことです。

頑張ってください。

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2005年12月15日 12:59に投稿されたエントリのページです。

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