┃ コラム 「現実を受け止める力と妄想する力」
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┃ 渡部 恒郎 2006/5/25 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
好きなことをするのもインターンシップですが、
何もできないという状況を受け止めるのもインターンシップだと思います。
ある人を一目見て恋に落ちる人もいれば、
嫌いになる人もいれば何も感じない人もいればと色々な人がいる。
恋に落ちた人は大体が相手に対して(自分勝手な)良い妄想をしている。
付き合えば付き合うほど妄想は裏切られる。
次なる妄想を色んなパターンで新しく創れる者は、必ず幸せになれる。
しかし、逆に妄想を守るための妄想を繰り返すと、
現実との折り合いがつかなくなり、それを埋めるため、疑心暗鬼になり、
どんどんネガティブな妄想で自分を不幸にしていってしまう。
不幸な転職とはそういった感じだと思う。
科学も哲学も歴史も正義も道徳もモラルも妄想だ。
日々塗り替えられているのが証拠である。
日々、人間が進化する限り、
教育において教えられてきているものは、虚構に過ぎない。
古くアリストテレスの時代から16世紀まで、地球は宇宙の中心にあり、
まわりの天体が動いているという天動説が信じられてきた。
地動説を唱えた、ガリレオ・ガリレイなどは迫害を受けたとも言われている。
人が皆そうだと信じていることの中に「妄想」は多く隠されている。
現実と思っている現実はどこまで現実なのだろうか?
見たり聞いたり感じたりして得た情報を頭の中でまとめて、
現実というものを決めているのではないだろうか?
医者になること、サッカー選手になること、外交官になること、
起業すること、商社に勤めること、ミュージシャンになること…。
大学を卒業したら就職すること。
就職して、出世して、幸せな家庭を持つこと。子供を育てること。
これらは本当に正しいことで、本当にやらなければならないことだろうか?
広告の仕事をしたいと思うこと。
テレビCMを作ること。それが現実になること。
すべてやってしまって、次にやりたいことは何でしょうか?
国家の品格で有名な、
一、なるぬことはならぬものです
を十訓の一つとして教えた会津若松藩の教育は、文武両道を目指した教育でした。
15歳で論語を読み、戦法を学び、現在の国立大学卒程度の学力だったと言われます。
戦後の日本では、パターン化された学習によって勉強している。
多くの人は、大学に入ってから、又は社会人になってから、勉強しなくなる。
多くの人は、考えることをしなくなった。
そういった場合、問題を発見することも、解決することも非常に難しくなってくる。
自分にとって都合の悪い状況になると、それを受け入れず、どんどん不幸になっていく。
「大切なことは、自分に都合の悪い現実を受け入れ、
次から次へと新しい妄想が出来る妄想力を持つことである。」
<引用:漫画家 江川達也>
妄想するだけでなく、まずは体験して何もできないのだという
自分にとって都合の悪い現実を受け入れること。
その上で、現状を把握し、問題を見つけ、解決し、さらにどんどん妄想すること。
妄想し、幸せだと感じ、現実を知り、ギャップを感じ、また違った妄想をすること。
一つの妄想にしばられないで楽しく自由に生きること。
たくさんいて、世界中にいる一人一人が自由な妄想をしている世界は幸せだと思います。